またつくってしまいました!その名もomuさんのこわ〜い体験

わたしは子どものころから金縛りはもとより、
様々のこわ〜い体験をしてきました。
先日も夜中に奇妙なものを見ました。(それがなにかはまたご報告・・・)
そのときに、なぜか、もうそういう体験はしなくなりそうな予感がして、これはぜひ、今までの体験を覚えてるうちに書き残しておこうと思ったのです。
第1話を書き出したのは数日前なのですが、推敲をしていて遅くなりました。

だってほら、「道尾秀介」の叔母やし、文章がまずすぎるとあかんやろ、なあ〜

すこし、長くなりますが読んでください。あ、出版関係の方、本にはしませんので、そこんとこ、よろしく。良く書けているからって
禁・転載ですので、あしからず
第1話・・さむ〜い・・・我が家のとなりにおじいさんがひとりで住んでいた。
私が物心ついた頃にはもう一人ぼっちだったし、
いったい何歳くらいなのか子どもの私にはまったくわからなかった。
私が10歳頃の秋、おじいさんは病気になった。
ひとり暮らしで病気になると食事のしたくにも困る。
母は自分ちの食事をつくるとき、おじいさんの分も作ってやっていた。
その食事を届けるのは私の役目だった。
私はその役目があまり好きではなかった。
なぜって、おじいさんの家はとっても古く、暗く、しめっぽくて
いつもいやな匂いがしたから。
夕飯を届けるときは特に嫌だった。
門から玄関口までも10メートル以上あり、
その間にも庭木や草が伸び放題になっていて、
夕暮れになるとなにもなくても気味が悪い。
おまけに家のなかは電気もつけずにいるからほとんど真っ暗なのだ。
もっていくにも、さげるにも便利なので、食事にはお弁当箱を使っていた。
一日に何回もいかなくてもいいように、2個のお弁当箱を用意してあって、
行ったときに前の食事の弁当箱をもって帰るようにしていた。
わたしはお弁当箱をさげて、いやいやおじいさんのうちに行く。
「おじいちゃん、ごはんもってきたで〜」
「なあ、おじいちゃん、ごはんやで〜」
「ああ・・・すまんけどここまでもってきてくれへんか」玄関わきの部屋に寝ているおじいさんが言う。
おじいさんの枕元から空になったお弁当箱をとり、代わりに中身の入ったほうを置いて帰る。
ある日、私は朝の食事を持っていった。すると、前日の夜の御飯がほとんど手付かずになっていた。
「おじいちゃん、御飯たべへんの?」
「う〜んちょっとしんどいんや・・・」
「あさごはん持ってきたけど・・・」
「そうか、もったいないさかいにな、あとで両方よばれるわ・・・」
家にもどり、お弁当ばこをもって帰らなかったことを母につげた。
「そんなら学校のかえり、おじいちゃんとこよって
どっちかひとつ持って帰ってきてや。お弁当箱ないと、夕御飯入れるものないし」
と母は言った。
学校の帰り、おじいちゃんのうちに寄った。
門を入ったときから、なにか感じがちがうなあと思っていたのだが・・・
玄関の引き戸をあけて、一歩中に入って・・・ぞわっときた。
体中の毛穴が開いてすべての毛が逆立つのを感じた。
そのころの私には、時々感じるこの感覚が何を意味するのかわからないでいたのだが。
「おじいちゃん・・・おじいちゃん・・・ねてるんか?」
「ああ・・・いつもきてくれておおきに・・・弁当食べられへんかったわ・・・
弁当箱そこにあるし・・・おおきにな・・・」
灰色に染まったようなささやき声を聞いて、
わたしは、「なんや、いたんか」とほっとした。
しかし、体中のうそ寒さに耐えがたく、弁当二つを抱えると、
「ばいばい!」とあわててかけだした。
家に帰って、母に弁当箱をわたした。
母は目に涙をためながら、「とうとう御飯も食べられんと・・・かわいそうに」とつぶやいた。
「かあちゃん、おかゆでもつくってあげたら?」というわたしに、母は淋しそうに
「なにつくったかて、もうおじいちゃんは食べられへんわ。死んだら人間、おしまいや」
と言う。
「え、なんで、おじいちゃんいたで」と驚いて言うわたしに、
「おじいちゃん、今日の昼見にいったら、もう息がなかったねん。いそいで京都にいる息子さんに
きてもろたんやけど、もう死んではった。息子さん、お葬式は京都でする、言うて、つれていかはったわ」
と母は告げた。
それなら、さっきの返事は誰がしたのだろう。わけがわからなかったが、
このことを考え続けるのがいやだったわたしは、もうなにも言わなかった。
夕御飯のときの父母の話から、おじいさんのなきがらは京都につれていかれ、そこで
お葬式をしてもらうことになったとわかった。
おじいさんと息子さんは仲が悪かったが、死んでしまってはけんかもできないな〜とわたしは思った。
2日たった夜、家族で夕飯を食べているとき、めずらしく父がうとうとと船をこぎだした。
「父ちゃん、こんなとこでいねむりしたら風邪引くよ」と母が言っても、起きようとしない。
太い腕を胸の前でくみ、頭をがくんとうつむけて、父は寝ていた。
と思ったら、いきなり目をあけて、
「おい!じいさんが寒い寒いって言うとるぞ、じいさんかえってきとるぞ!」と大声で言うのだ。
みんな、びっくりしてしまった。だって、おじいさんは死んだのだから。
しかし、父は頑固として聞かず、
「いいや、じいさんがさむがっとる。ふとんかけに行ったろう!」
と言う。父母ふたりで様子を見に行く、といったが、
私も兄も、妹も、父母のいない家にこどもだけで残るのがいやで、ついていくことにした。
月明かりのなか、懐中電灯を持つ父を先頭に、草の中を進む。
玄関の引き戸をあけると、またもや私の体中の毛がぞわっと逆立った。
先頭の父が、「何じゃこれ!」と叫んだ。
父の背中越しにそうっとみてみると・・・
なんと、座敷のまんなかに骨壷がひとつぽつんとあり、
線香も、灯明もなにもあげてないのだ。
しかも、骨壷のふたは開けっ放しになっていた。
「なんちゅうことや。死んだばかりの仏さんの骨をとむらいもせんとおきっぱなしにしやがって・・・」
父は骨壷のふたを閉め、風呂敷につつんで、お寺にもっていった。
そして、ねんごろにお経をあげてもらった。
四十九日の間、お寺に安置されて、
その後私たち家族の見守るなか、お墓のなかにいれてもらったのだった。
おじいさんはやっぱり私が学校に行っている間に死んだのだ。
そして、私に声だけで礼を言い、
死んでからも邪険にされた息子ではなく、夢の中に現れて、父に助けを求めてきたのだった。
わたしはそのときから、この世のものでない何か、説明のつかない事柄というものがあることを悟った。
そして、わたしがそういうことに出会うときには、体の毛がぞわっと逆立つ、
というサインがあることもそのとき初めて認識したのだった。